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 家庭訪問は夏の始めの頃だった。教師の前にだけ出された麦茶のコップに大きな水滴が沢山群がっている。片付けられたリビングで可奈は落ち着かなさそうにしていたが、その担任はもっと緊張しているように見えた。

「だからな、その……並木、爪を噛む癖があるだろう? あれなんだ、皆が嫌がっている理由は」

 麦茶と同じ色の肌をした教師は、ひどく歯切れが悪い。私は、彼のそのいかつい外見とのギャップに驚いた。彼が野球部の鬼監督なのだと可奈から聞いていた私は、もっと単刀直入にものを言う人だと思っていたのに。
 可奈は無言で俯いたまま、制服のスカートを握り締めている。咄嗟にその背中に手を当てようとしたが、少し考えた後に手を下ろした。

「やっぱり噛んだその手でさ、『ねぇねぇ』なんて触られるのは誰だって嫌だと思うんだな。特に――並木は最近越してきたばかりだし、お前のことをよく知ってる奴もいないから」

「すいません……」

「いや、謝ることじゃないんだ。ただ、周りの奴らだけに原因がある訳じゃないってことをわかって欲しい」

「……はい」

 喉の奥から絞り出すような可奈の返事を聞くと、担任はびしょびしょになったコップを持ち上げて中身を飲み干した。他に先生にお話したいことはある? と私が聞くと、可奈は赤い顔を横に振った。

「今日はどうもありがとうございました」

 それを合図に担任は立ち上がり、三人で玄関へと向かった。スリッパがぺたん、ぺたん、とフローリングにあたる音が妙によそよそしかった。

「では、失礼します」

 湿っぽい空気と入れ替えに、彼は我が家から出て行った。ひゅる、と私達二人の間にあった緊張がほどけた。

「いったね」

「うん」

「疲れた?」

「……うん」

 可奈の横顔から表情は消えていた。玄関マットの上に突っ立っている彼女の背に、先程運べなかった手を置いた。
 ほっそりとした骨の感触。制服越しにじわりと熱い、悲しみの温度。娘の身体から力が抜けていくのが分かる。
 私はちらりと可奈の指に目を向けた。人差し指の爪がささくれ立って、ボロボロになっている。綺麗な指をしているのに、と、私はそんなことを思った。

「癖、治さなきゃね」

「……ん」

 上ずった声。だんだんと濡れていく彼女の瞳を見てしまわないよう、私は顔をそらした。

「そしたら、すぐに友達なんてできるから」

「……うん」

 頭を垂れて泣き出す娘の背中が、小刻みに震えていた。



(09.05.25)



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